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今回の一押しは「確定申告」だあ!

2008年02月29日

 2月29日。午後9時過ぎ。職員がみな帰宅した事務所でたった一人、ようやく「今月の一押し」の原稿に着手したところです。

 毎年のことですが、この時期、会計事務所は多忙を極めます。通常の業務があり、それに加えて半端じゃない数の確定申告業務が降りかかってくるからです。お仕事を頂いて愚痴を言っては罰が当たりますが、結構タフな毎日となります。
 お客様から大切な所得に関わるお話を伺って、それを漏れなく申告に反映させ、計算の誤りなく書類を完成させてその内容をご説明し、印鑑を頂いて税務署に提出する。一つ一つの案件はその繰り返しなのですが、一つの仕事が終わらないうちに次の仕事がやってきて、あっという間に机の上は書類の山になっていきます。
 電話で打ち合わせをした内容のメモを取らないうちに来客があり、そのまま打ち合わせに入ってしまう。こんなことがあると、前の会話で話し合ったことを思い出せなくなってしまって途方に暮れる、なんていうことも起きたりします。
 とにかくこの時期は、集中力の勝負なんですね。

 受け取った書類をなくしていないか。聞いた話を忘れていないか。計算に誤りはないか。法律を正しく解釈しているか。重要な話を従業員に伝えたか…。この一ヶ月間は毎日そんな恐怖と闘っているので、中盤戦に入った頃から、寝ていてもおかしな夢を見たりします。
 ゆうべは片思いの女の子と一緒に修学旅行に行ったら途中ではぐれてしまい、携帯も通じないジャングルに入ってしまいました。心細いまま密林を歩いていると巨大なトンボが木にとまっていたので、こいつを取ろうと思って手を伸ばしかけたところでトンボの足がミョーに太くてシマシマの模様がついていて、あとちょっとで手が触れるというところで毒虫だと気がつき、あわてて手を引っ込めたのです。あのまま手を触れたら、きっと指は激しく腫れ上がり、もしかしたら毒トンボに食われてしまったかもしれません。よかった〜って、一体なんなんでしょ。寝ていてもほんとに疲れます。

 そんな夢かうつつかの日々を過ごしていたら、2月25日の日本経済新聞にとても心に残る文章を発見しました。「現場発、働くニホン」と題した特集記事で、人は何のために働くのか、というテーマを追いかけたものです。その中から、少し長いですが、ライブドア事件で日本中を騒がせた熊谷史人氏について書かれた部分を抜粋させて頂きます。

「熊谷は九六年、岩手から横浜の大学に進んだ。卒業後は故郷に戻るつもりだったが、一九歳の時に恋人が妊娠して学生結婚。月十五万円のバイト収入で家族三人食いつないだ。「いつか楽したい」。数年後の〇二年、熊谷はライブドア副社長として狂騒の中にいた。
 「じゃあそれでいっちゃって」。元社長の堀江貴文が出席する会議は熊谷らが持ち込む案件を即決した。「熊ちゃん、株価が上がったら給料もどんどん上げるから」。同社の時価総額は九千億円を突破。堀江の言葉通り、熊谷の年収は三千万円を超えた。
 (中略)〇六年一月一六日。金融機関との会合中、熊谷の携帯電話が鳴った。「東京地検の強制捜査が入った」。堀江が証券取引法違反容疑で逮捕され、一ヶ月後には熊谷も同じ道をたどる。昨年六月、懲役一年、執行猶予三年の有罪が確定した。
 熊谷は現在、東京・青山にある社員数人の経営コンサルティング会社に就職して社会復帰を目指す。一連の事件で熊谷は信頼を失い、同僚や取引先は離れていった。株主に大きな損害を与え、前途には数百億円の損害賠償訴訟も待つ。
 拘置所で熊谷は日記を付けた。「ごめんね。ようやく気付いた。一番大切なものは金でも名声でもなかった」。今では五人に増えた家族への言葉が並ぶ。多くのものを失った末に熊谷が見つけた働く糧だ。(以下略)」

 なるほど。働く糧、ですか。私たちの人生にとって、とても重要なテーマですよね。この記事の最後に経済学者ケインズの「生きるために働く必要がなくなった時、人は人生の目的を真剣に考えなければならなくなる」という言葉が紹介されていましたが、熊谷氏はきっと、そんな哲学的なことを考えるヒマもなくビジネスのるつぼに巻き込まれ、気がついたら犯罪人になっていたのかもしれません。

 私はこの時期、実にさまざまな人とお会いします。主たる目的はもちろん確定申告ですが、でも年に一度、決まった時期にのみお会いする人がいる、というのはもしかしたら特殊なことなのかもしれないですね。一種の、人的な定点観測という感じもします。皆さんにはそういうお相手がいらっしゃるでしょうか。
 今年もお目にかかるのが楽しみだった方に次々に再会できて、仕事は忙しいですがとても心が安らぐ、楽しい毎日を送っています。そんな中から、プライバシーの問題もありますから多少脚色しつつ、何人かの方を御紹介しましょうかね。

 立川市の川上さん。90歳を超えた今もかくしゃくとしたジェントルマンです。お電話をすると、最初は「はい」と一言、かなりぶっきらぼうな声が聞こえますが、相手が私だと分かると、お顔は見えませんが破顔一笑という雰囲気が伝わってくる明るい声に早変わり。「やあやあ、今年もよろしく」と愛想良く答えて下さいます。最近めっきり足が弱ったと仰るので、今回は当方から一人暮らしのご自宅に出向き、いろいろとお話を伺ってきました。私とは絵画が好き、という点でウマが合い、仕事の話そっちのけで版画の話に花が咲きます。そして作業がすべて終わっていよいよお暇するとき、「先生にお世話になるのも今年が最後かもしれませんなあ。そろそろお迎えが来るでしょ。」と仰ったのです。決して悲しい雰囲気ではなく、実にサバサバと時候の挨拶のような雰囲気でしたが、でもとても心に響きました。
 「弱気なことを言わないでくださいよ。私は川上さんにお会いして絵の話をするのを楽しみにしているんですから」と会話のキャッチボールをしてお宅を後にしましたが、お話をしたときの端正な横顔がいつまでも脳裏に浮かんで、切ない気分になりました。

 葛飾区の大木さんも一人暮らしのおばあちゃんです。まだ80歳まではいきませんが、最近病気をして寝たり起きたりの生活をされています。このおばあちゃんはアーティストで、若い頃に描いた油絵や水彩画が壁にたくさん掛かっているのですが、なかなかの腕前。マスカットの静物はプロの作品かと思いました。でも最近は、介護サービスの一環で行かれるデイサービスの施設で、折り紙や貼り絵などをしています。「須田さん見てよ、あたしこんなの作ってるんだから」と自嘲気味に仰いますが、去年まで整然としていたテーブルの上が、その作品やらその他の書類やら雑多なもので山のようになっていたのにはちょっと驚きました。
 「最近は掃除も出来なくなっちゃって。困ったわ」と寂しそうにつぶやかれますが、でも「あら、須田さんのその鞄、すてきじゃない」なんて誉めてくれたりするのです。「一年が早いですね。また来年もお会いしたいですよ。それまで元気でね」とお別れの挨拶をしてきました。

 所沢市の田中さんは、やはり一人暮らしの女性です。70歳を超えていらっしゃるのですが実に若々しく、毎年あちらこちらに旅行するのを楽しみにしておられます。今回は「飛鳥U」のお話を伺いました。飛鳥Uってみなさんご存じですか?私は全く知らず、お話を伺う間中「へぇー」「へぇー」を連発しておりまして、93へぇーくらいは間違いなく行ったと思うのですが、なんと豪華客船のことなんですね。
 いやー、お金持ちの世界ではそんなことをやっているのか!と驚くことばかりですが、なんと豪華客船に乗って、近場の旅でも一週間くらいかけて神戸や佐賀や韓国の釜山などをめぐるんですって。そうか、船なら九州も韓国もすぐですものね。
 食事はとてもおいしくて、東南アジア系のボーイさんたちがたくさんいて、日本語も上手で、実にきびきびと動いて、巨大な船なのでダンスホールやら映画館やらプールやら、もう何でもあって、なかではさまざまなカルチャースクールが開校されていて、ちょっとイスに腰掛けるとサッとお茶が出てきて、至れり尽くせりなんだそうです。社員教育がほんとにいいので、東京のホテルなんか行く気がしないわ、と仰いました。すげー。そんなこと言ってみたい〜。

 こうしていろいろな方のお話を伺うと、デスクワークをしていても世界旅行に行ったような気分になれますし、また時には、人の一生についていろいろと考えるきっかけを頂いたりもします。
 若い人、高齢の人。
 元気な人、病気がちな人。
 家族大勢で暮らしている人、一人暮らしの人。
 絵画が好きな人、音楽が好きな人。
 多趣味な人、無趣味な人。
 おしゃべりな人、無口な人。
 裕福な人、貧しい人。
 笑顔の人、無表情な人。
 男の人、女の人。

 人は実にさまざまです。日本人という一つのくくりの中にいても、自分と同じ境遇の人は一人としていません。みんな与えられた環境の中で、さまざまな偶然に影響を受け、自らの努力を重ね、そして年老いていきます。
 若くて希望にあふれ、これから伸びていく人と会話をするのは楽しいですが、それ以上に、さまざまな経験を重ねて年老いた人から数多くの体験談を伺うのは本当に素敵なことです。私は読書が大好きですが、人生の先輩のお話を伺っていると、本を読んでいる以上にリアルに、夢のような出来事が頭の中に浮かび上がってきます。そしてそういう経験が出来るのは、私が税理士という職業を選択し、我が国に確定申告という年中行事があるからだ、ということに気づきました。いやー、モノは考えようだ、確定申告のお陰でこんなに楽しい毎日が過ごせるんだーーーー。というわけで半ばヤケクソ気味の今月の一押しは、日付変更直前のギリギリに書き上げた「確定申告」でした。

 しかし人生の糧って、いったい何ですかね。お金でないことは間違いなさそうですが、でも毎日の生活は、あらゆる評価、優劣、順位がお金で評価されているようにも感じます。私も早くそんな経済生活から足を洗って、飛鳥Uに乗ってルーブル美術館にでも行きたいなぁ。
 そして出来ることなら最後は、十返舎一九の辞世の句「この世をば どりゃお暇に線香の 煙とともに 灰左様なら」ぐらいの明るさでこの世からバイチャしたいわぁ…

 

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