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今回の一押しは「学問のすゝめ(その2)」だあ!

2009年2月28日
 

 先月ご紹介した上野の博物館の展覧会がきっかけで、福沢諭吉先生の人と生涯に強い感銘を受けた私は、相変わらず先生の著作を読み耽っております。「学問のすゝめ」は二回精読しましたがその後もいつもカバンに入れて持ち歩き、ちょっとした時間ができると適当に開いたページを読んでまた新たな発見をしています。
 最近は「福翁自伝」も読み始めました。これは福沢氏が口述したものを記録した本なのでとても読みやすく、同氏のお人柄がそのまま伝わってくるような素晴らしい作品です。また、ある人に紹介されて同時代の高名な政治家、勝海舟の「氷川清話」も手に入れましたが、これも談話集なので大変読みやすい。時節柄、確定申告の書類に埋もれてはいますが、私の頭の中は明治維新で一杯なのです。
 
 そんなわけでしつこいですが、先月に引き続き「学問のすゝめ」からもう一つ素晴らしいお話をご紹介しましょう。それは「世話」に関するエピソードです(学問のすゝめ十四編)。

 福沢先生は、「世話」という言葉には二つの意味があると仰います。その一は「保護」、そしてその二は「命令」です。最初は何のことだか分かりませんでしたが、言われてみれば確かにそのとおりで、現代の言い回しでも「お世話になります」というときの「世話」は保護を受けることを意味し、「世話を焼く」と言えばあれこれ指図する、すなわち命令することを意味しているわけです。
 そして福沢先生は、この二つの意味をバランスよく備えて人の世話をするなら大変素晴らしい結果になるけれども、どちらか一方に偏ると災いの元となると指摘しています。以下、少し長いですが原文をご紹介します。

 「故に保護と指図とは、両(ふたつ)ながらその至る処を共にし、寸分も境界を誤るべからず。保護の至る処は即ち指図の及ぶ処なり。指図の及ぶ処は必ず保護の至る処ならざるを得ず。もし然(しか)らずして、この二者の至り及ぶ所の度を誤り、僅(わずか)に齟齬(そご)することあれば、忽(たちま)ち不都合を生じて災いの源因となるべし。世間にその例少なからず。蓋(けだ)しその由縁は、世の人々常に世話の字の義を誤りて、或いは保護の意味に解し、或いは指図の意味に解し、ただ一方にのみ偏して文字の全き義を尽すことなく、もって大なる間違に及びたるなり。
 たとえば父母の指図を聞かざる道楽息子へみだりに銭を与えてその遊冶放蕩を逞しうせしむるは、保護の世話は行き届きて指図の世話は行われざるものなり。子供は謹慎勉強して父母の命令に従うと雖(いえ)ども、この子供に衣食をも十分に給せずして無学文盲の苦界に陥らしむるは、指図の世話のみをなして保護の世話を怠るものなり。甲は不幸にして乙は不慈なり。共にこれを人間の悪事と言うべし。」

 いや〜耳が痛いです、実に。
 私は子供にデレデレに甘いダメ親父なので、「息子へみだりに銭を与えて…」などの「悪事」は数限りなくやってきてしまいました。幸いにして我が子供達は「遊冶放蕩を逞し」くするような事態には至らず一人前の社会人に成長してくれましたが、しかし福沢先生の仰るとおり、保護と命令は同時進行でやらなければいけません。そのうち孫ができたら、これを肝に銘じて立派な子孫を育てたいと思います。たぶん無理です。

 このような次第で福沢先生に心酔しきりの私は、そのきっかけとなった「未来をひらく福沢諭吉展」のホームページに「応援団募集」のページがあるのを知り、先日これに応募してみることにしました。そうしたらあなた、これが運良く採用されてしまい、応援団募集の「第四期」のコーナーにこの一押しページのリンクを張ってもらうことに成功してしまいました〜!
 もしお暇な方がいらっしゃいましたら、せっかくですからこちらも一度見てやって下さいまし。なんと上から二番目に「今回の一押しは「学問のすゝめ」だあ!様」という名前でチャッカリ載っておりますのよ。ほほほ。URLは下記のとおりです。
 http://www.fukuzawa2009.net/2009/01/42008122220091-.html 

 さて、話は全く変わりますが、職場の近所の、私がよく利用するラーメン屋に「チャーハンセット」という定番メニューがあります(ほんとに激しく話題が変わりますが、みんなついてきてね〜)。チャーハンと半ラーメンがセットになって750円。おいしくて、なかなかお値打ち感のあるヒット商品なのですが、なんだか炭水化物の固まりみたいだなと思って躊躇してしまい、私はつい野菜炒め定食やタンメンなどの野菜中心メニューに逃げてしまうのです。
 ところが先日、久し振りにこの定番メニューを食べてみたくなりました。というのもその日は朝から妙に空腹で、書類の端やパソコンのモニターにラーメンの湯気のようなものがチラチラと浮かんで、何となくそわそわした気分になったからなのでした。
 
 目標が出来ると仕事にも熱が入ります。午前中の仕事をバリバリとこなし、気がつけばお昼の時間。私は何食わぬ顔で事務所を後にし、足取りも軽くそのラーメン屋を目指しました。満席で入れないなんて絶対に許せないぞと思いながら急いでドアを開けたら、意外や意外、先客は一人しかいません。ポケットの中で「よーし!」と拳を握りしめつつ平静を装って、私はいつもの席に座り「チャーハンセット下さい。」とスマートに注文します。
 これで一段落、あとは料理が出てくるのを待つだけと持参した「学問のすゝめ」を開いたら、目の端に先客のテーブルの様子が入りました。「あれ。この人もチャーハンセット食べてる…」。そう思った瞬間から、妙な出来事が始まったのです。

 私が入店してから数分後、サラリーマンの四人連れが入ってきました。私は読書に没頭し始めていたので彼らの会話は耳に入りませんでしたが、その中の一番年上の人が「おれはチャーハンセットだな」とつぶやく声が私の心臓をえぐりました。
 「やめてよ、気まずいから…」と思っていたら、その部下と思わしき人が「部長、チャーハンセットすか。それじゃ俺も。」と信じられないようなことを仰います。これで連続四人。すると残りの二人も「それじゃ俺たちもそれにするかぁ…。チャーハンセット四つ下さい!」と大声で注文するじゃありませんか。部長と呼ばれた人が「お前ら、芸がないなぁ。同じものかよ」とにやにやして言えば、部下連中も「部長だって。この前もチャーハンセットだったじゃないすか」と応戦します。これでチャーハンセット六連チャンです。

 まあ、そういうこともあるよな。と気を取り直して、私は再び「学問のすゝめ」に気持ちを集中します。ところがそこへ、あちこちにペンキをつけた土木作業員風の二人連れが入店してきて、席に着かないうちから「すいません!チャーハンセット二つ!」と厨房に向かって大きな声で注文します。まじかよ…。やめてくれよ。と思っていたら、フロア係のおばちゃんがタイミングよく私のところへ「チャーハンセット、お待ち遠さまでした」とニコニコしながら料理を運んで来てくれました。
 みんなの視線が私のチャーハンセットに釘付けになります。チャーハンセットを食べていた先客は既に支払いを済ませて退店していましたので、店内には私以外にチャーハンセットを注文した人が合計6人もいて、みんな私のチャーハンセットをじっと見ているのです。そこには「こいつもチャーハンセットかよ」という妙に重苦しくて気まずい空気が流れていたのでした。フロア係のおばちゃんはニヤニヤしながら、奥の厨房の人と目で会話しています。その顔には「今日はチャーハンセットがよく出るわねえ」と書いてあるようです。

 でもそんなことに動じる私ではありません。俺は久し振りなんだよ。部長さんみたいに毎回チャーハンセットを頼んでるわけじゃないんだよ。前回はタンメンで我慢したんだから。今日は久し振りなんだから。ゆっくり食べさせてくれよ。と他人の無遠慮な視線などものともせず、余裕を見せながらラーメンのスープをゆっくりとすすります。あー、おいしい。

 と、そこへOLらしき女性が一人入ってきました。先客から数えて、累計8人続いたチャーハンセットもいよいよここで打ち止めです。だって、女の人がラーメン屋に一人で入ってくること自体勇気が要るだろうに、ましてセットものを注文するなんてあり得ないんですから。ところがその女の子が、耳を疑うような言葉を発しました。「すいません。チャーハンセットお願いします…」。
 デキすぎていると思われるかもしれません。私が脚色していると思われるかもしれません。ウソだと思うでしょう?でもこれ、本当にあった出来事なんです。一押し8年の歴史に免じて、どうか信じて下さい。

 ここへ来て、ようやくサラリーマンの四人連れもことの重大さに気がつきました。さっきまで半導体がどうだの、納期に間に合わないだの、だったらお前が先方に確認の電話を入れればいいじゃないかだの、煙草をプカプカふかしつつ人の読書を妨げるような大声でおしゃべりをしていた連中が、急にひそひそと話をし出しました。彼らのテーブルには既にチャーハンセットが四つ並んでおり、みんなラーメンをすすったりチャーハンを口に運んだりしながら、小声とジェスチャーでこの奇跡の瞬間を確認し合っているようです。
 土木作業員風の二人連れも、不機嫌な顔を装いつつ、実は周りの景色に相当注意を払っています。だって正体不明のおじさん(私のこと)も、四人連れのサラリーマンも、自分たちも、みんな寄ってたかってチャーハンセットを食べている、その男の世界へ、何とOLが正々堂々と一人で登場し、しかも正面から「チャーハンセット!」と戦いを挑んでいるのですから。
 私にはこの女の子が宮本武蔵に見えました。

 こうなるとみんなの期待はいやが上にも高まります。私が知っているだけで、連続9人がチャーハンセットを注文しています。しかもお互いのグループには何の関係もありません。もちろん事前に示し合わせたわけではありません。この店には、おそらく30種類以上の料理があるでしょう。私は文科系なので確率の計算など出来ませんが、これって、数学的に言うとかなり奇跡に近いことなのではないでしょうか。
 次にこの店に入ってくるのは誰か。その人がチャーハンセットを注文する、その奇跡の瞬間に立ち会いたい。誰もがそう思っているはずです。私はそろそろ自分のチャーハンセットを完食してしまいます。でも今ここで席を立つわけにはいきません。最後のほうはペースを落とし、スプーンをゆっくりと口に運びながら、その時がくるのを待ちます。

 と、そこへ。入って来ました、奇跡のスターが。この人か、ビンゴを達成し、三鷹に新たな伝説を作る人は。そう思うと何だかとても頼もしい人に見えますが、でもよく見ると風采の上がらない、胃腸の弱そうな、フツーのおじさんです。私の脳裏に一瞬いやな予感が走りました。一言アドバイスしてあげようかな、と思ったその瞬間、そのおじさんはやってしまいました、「もやしそば!」と…。

 それまで真空状態だった店内は、その瞬間に、いつもの昼時のラーメン屋の空気に戻りました。土木作業員風の一人は、ラーメンの箸を一瞬止めて、ニヤッとしました。サラリーマン四人連れの部長さんは、「お前。空気読めよ…」と失望を隠しません。私は気づかないふりをしてコップの水を口に運びます。部長の部下たちは「世の中そんなにうまくいかないよな〜。いつものことだけど…」と思い通りにならない現実に苦笑気味です。でも、この間の出来事に全く気づいていないOLさんは、周りの空気に関係なく手持ち無沙汰なままボーっとしています。
 私は、150年前の「学問のすゝめ」の世界と目の前のチャーハンセットの現実とを行ったり来たりしながら、何でもない平日に垣間見た奇跡の出来損ないの余韻にひたっておりました。というわけで今月の一押しは、本当は「チャーハンセット」なのですがせっかく福沢諭吉展にリンクも張ってもらったことだしアカデミックな世界から落ちるにしてもその落差があまりに大きいのでここは多少見栄を張って、「学問のすゝめ(その2)」でした。

 今月の私は、一体何をお伝えしたかったのでしょうか。自分でもよく分かりません。でもさあ、この時期、確定申告で本当に忙しいのよ。しかもストレスを発散する方法は、読書とチャーハンセットしかないのよ。可哀想でしょ? だから大目に見てね〜。

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