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今回の一押しは「亀石」だあ!

2009年10月31日
 

 秋も急速に深まってきましたね。朝晩の冷え込みに冬の訪れの気配を感じてしまうこの頃ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。今年の秋は、松茸さまのご尊顔などほとんど拝見しないままに時が過ぎ去ろうとしていますが、冬といえばフグにヒレ酒です。ああ、あのまだら模様のプリプリの立派なお姿が目に浮かぶ。今年こそ、養殖ではないホンモノのてっさが載せられたテーブルの前に座りたいものです。

 というわけで、いつものように庭の手入れやペーパークラフトやサイクリングやギターの練習や読書や音楽鑑賞など、あれやこれやと慌ただしく生きている私ですが、これに加えて今月は大阪にお仕事に行って参りました。ひょんなご縁から、大阪に本社のある大きな製鉄会社の幹部の皆様の前で講演をさせて頂く機会に恵まれたからです。今回はそんなお話を少しさせて頂きます。

 10月の某日、私は大阪行きの新幹線に乗りました。いつも三多摩を這いずり回っている身にとって、新幹線での出張なんてとても新鮮で素敵です。思わず柿の種と缶ビールを買い込み、一人物思いに耽りながら太平洋に沈む夕日を眺めつつ、カリカリカリカリ(←柿の種を囓る音)、グビグビグビ(←ビールを飲む音)、カリカリカリカリ(←柿の種を囓る音)、グビグビグビ(←ビールを飲む音)、カリカリカリカリ(←柿の種を囓る音)、グビグビグビ(←ビールを飲む音)と旅行気分を満喫してしまいます。
 でも近代鉄道は実に快適で、新幹線はあっという間に新大阪についてしまいました。慌てて荷物を網棚から降ろし、ほろ酔い気分のまま在来線に乗り換えて新大阪から大阪、そして環状線で京橋という駅にたどり着きます。今夜の宿泊ホテルのあるところです。

 夜7時頃、今回の講演をお膳立てしてくれる方々と落ち合い、せっかく大阪に来たんだから何か関西らしい料理でも食べましょうということになって、それから「うどんすき」の名店「美々卯(みみう)」の、それも本店に突撃することになりました。
 「うどんすき」という料理、皆さんは召し上がったことがありますか?美々卯は東京にもお店がありますので、ご経験のある方もいらっしゃるかもしれませんが、ちょっと地味に見えるけれど飽きの来ないおいしい料理です。
 テーブルの上にコンロがあります。その上に平たい鉄鍋が載せられていて、その中に実にうまい昆布のだし汁がたっぷりと入っています。そしてその横には、鶏肉やら椎茸やらタケノコやら白菜やら穴子やらハマグリなど多種にわたる野菜、魚、肉類がお重の中にぎっしりと賑やかに並んでいます。さらにうどんすきというくらいですから、白いうどんもたっぷりと盛られているのです。

 鍋が煮立ってきたら、野菜を入れ、うどんを入れ、さまざまな魚介を次々に入れて楽しみます。お酒をチビチビやりながら肉や野菜を味わっていると、自然に体が温まってほんわか楽しい気分になり、もう講演なんかどうでもよくなります。いや、間違えました。ほんわか楽しい気分になり、明日の講演が楽しみになります。
 圧巻はエビの釜ゆでです。活きている車エビをトングで挟んで押さえつけ、そのままグツグツの鍋に入れればあっという間に赤くゆで上がります。残酷といえばこんなに残酷なことはありませんが、エビさんごめんなさい、私はエビが大好きなのです。ゆでたての車エビはほんのり甘くて柔らかくて、それはそれは絶品でした。
 しかし油断してはいけません。一回使ったトングはとても熱くなっています。そんなトングで二匹目のエビを掴もうものなら…。その熱さに驚いたエビちゃんはテーブルの上を激しく跳ねて逃げ回ります。エビちゃんの逆襲ですね。さっきまでゆったりとお酒を楽しんでいたみんなが、「うわっ!」「わおー!」と大騒ぎになります。隣のテーブルの人はクスクス笑っています。エビちゃんは慎重に取り扱わなくてはいけません。
 うどんすきのうどんは、不思議なことにいくら煮ても煮崩れてしまうということがありません。肉や魚をつまみに酒を飲み、徐々にうどんも頂いて、最後はお腹が一杯になってしまいました。

 そんなこんなで楽しい一夜を過ごした一行は、翌日の朝、9時半から始まる私の講演会のため、早めにホテルを出発しました。環状線に乗って、「大正」という駅まで行きます。仕事じゃなければ一生ご縁のないところでしょう。そしてそこからタクシーに乗って、いよいよ目的地の製鉄会社の本社にたどり着きました。
 製鉄といえば重工業です。気のせいかもしれませんが、会社全体がずっしりと重く感じられます。女性はほとんどいません。私の講演を聴きに来て下さった70人前後の方々も、全員男性でした。九州の工場にもテレビ中継されているとのことですが、そちらの様子を画面で見ても、どうも全員男性のようです。実に重苦しい雰囲気です。
 
 司会の方が朝の挨拶をします。大変驚いたのですが、私たちであれば「おはようございます!」というところを、こちらの会社の方は「ご安全に!」とご挨拶なさいます。司会者が「ご安全に!」と言えば、参加者全員が「ご安全に!」と返します。仕事の安全というテーマに、全社一丸となって取り組んでいる姿勢がひしひしと伝わってきます。
 いよいよ私が紹介され、参加者の前に進んで私も「ご安全に!」と挨拶をして、そこでまた驚きました。何と社長以下幹部の皆さん全員が大きなマスクをしているのです。ここだけの話、実に異様な、講師を圧迫する光景です。
 
 しかしよく考えてみると、この会社の人たちは仕事に対してものすごく強い責任感を持って望んでいるということが分かります。世間では今、新型インフルエンザが猛威をふるっています。どこかのプロ野球チームは、選手が次々に病に倒れ、大きなダメージを受けたらしいです。会社だって同じこと。幹部が全員集まった場所で誰かがインフルエンザのウィルスに感染していたら、会社の機能は麻痺してしまうでしょう。自分たちが困るだけでなく、お客様にも大きな迷惑がかかります。そんな事態を引き起こさないよう、まさしく「ご安全に!」を励行しているのでした。実に頭が下がる思いがしました。

 2時間の講演は無事に終了しました。お話の中身についてここで紹介することはしませんが、皆さん大変熱心に聞いて下さり、色々と質問も頂戴しました。やっと肩の荷がおりた私は、着ている服はスーツのままですが、心は既に旅人に変わりつつあります。だってせっかく大阪に来たのに、そのままとんぼ返りする手はないじゃないですか〜♪
 会社の前からタクシーに乗り、それから一路「大阪難波駅」に向かいました。ここから近鉄線に乗れば、奈良までわずか40分です。事前に計画したとおり、仕事が終わればただの観光客なのです。

 今回の目的地は「明日香村」です。明日香村というのは、奈良県の中部に位置する片田舎の山村ですが、高松塚古墳で一躍有名になったところです。東京から行くと、まず京都に着きます。京都から南下すると宇治の平等院があります。これをさらに南下すると奈良市に着きます。日本最大の奈良の大仏、阿修羅像で有名な興福寺、石灯籠が並ぶ春日大社など、見るべきところは沢山あります。でもそこを通り過ぎてさらに南下すると以前にこのコーナーでもご紹介した山辺の道があります。そしてそのさらに南に、明日香村は位置しているのです。
 こうしてみるとかなり南に下っていることが分かります。都市部からは相当離れています。したがって実にのどかな田園風景が広がっているわけです。講演で疲れた心と体を癒すには、絶好の場所なのです。

 飛鳥駅で電車を降りると、駅前にはレンタサイクルのお店があります。ここでまず自転車を借ります。そしていわゆるママチャリというのに乗って、すいすいと畑の中の道を進んでいくのです。
 まず最初に「欽明天皇陵」というところに行きます。天皇のお墓ですが、後ろを見れば青々とした野菜が育つ畑が広がっています。なんとものどかな田園風景です。こんな静かな畑の所々に、これからご紹介する実に不思議な石の遺跡が点在しているのです。


のどかな田園風景
 
 「鬼の雪隠(せっちん)」とか「鬼の俎(まないた)」などという恐ろしい名前のついた石の遺物があります。これは古墳の石室を形作っていた石の工作物が、長い年月の中でこれを覆っていた土が消失し、しかもどういうわけだかひっくり返って現在の形になっているとのことです。写真をお見せしましょう。こんな感じです。


鬼の雪隠

 続いて「亀石」です。畑の畦道のようなところを進んでいって、八百屋さんが休憩所を併設しているらしい建物の裏に、カメ君は隠れていました。隠れているといっても、実に巨大です。誰が何のためにこんなものを作ったのか、よく分かってはいないようです。ご存じの方も多いと思いますが、実にユーモラスで可愛い顔をしています。このカメ君の顔をずっと見ていたら、今から千数百年も昔に、この石そのものにノミをあてがって彫刻をした人がいたんだなという不思議な思いにとらわれました。
 気の遠くなるような長い年月の中で、幾多の風雪にさらされて、カメ君はきっとある程度風化してきているのだとは思いますが、でも見た目には全くそんなことを感じさせません。ほんの数年前に、誰かがカーンカーンと石を削って作ったばかりのようです。ふっと後ろを振り返ったら、その作者がそこに立っているのではないかと思ってしまう。乙女チックに言えば、カメ君の目の辺りを撫でていると古代の人と会話ができるような、そんな気分にさせられます。


可愛い亀石君       アップで撮ってみました。

 そこからしばらく北上すると、「甘樫丘(あまかしのおか)」にたどり着きます。展望台があるとのことなので自転車を降りて階段をしばらく登ったら、とても見晴らしのいいところに出ました。
 遠くに畝傍(うねび)山、耳成(みみなし)山、香具(かぐ)山の大和三山が見事に一望できます。
 有名な持統天皇の歌、「春過ぎて夏来たるらし白たへの衣干したり天香具山」にも歌われているように、古代の人が見ていた山そのものを、今の私たちも見ることができます。周囲の景色は相当変化しているでしょうが、山の形が千年やそこらで変わってしまうということはないでしょう。ここでも古代の人と気持ちが通じ合うような、そんな気持ちにさせられました。


遠くに望む耳成山

 明日香というところは、このように古くからの歴史の面影をあちこちに残しているところです。車の数も少なく、本当にのどかな田舎なのです。この日は天気にも恵まれ、絶好のサイクリング日和でした。甘樫丘周辺の美しい景色を少しお楽しみ下さい。


美しい田園風景

 続いて「酒船石(さかふねいし)」です。何だか宇宙人をかたどったような、実に奇妙な形をしています。その正確な用途は分かっていないとのことですが、水路の一部だったとの説があるようです。写真はこんな感じです。


謎の物体「酒船石」

 そして最後は有名な石舞台です。これも古墳の石室が、その上を覆っていた土が失われてこのような形になった遺跡とのことで、遠くから見ると巨大なカブトムシが横たわっているようにも見えます。このように明日香というところは、忙しい日常から切り離された実に素晴らしい別世界です。仕事に疲れたあなた、悩み事をかかえているあなた。是非一泊二日の休みを取って、明日香の畦道を散歩してみて下さい。心が洗われて、きっと二度と仕事をする気がしなくなるでしょう。いや、間違えました。心が洗われて、きっと明日に立ち向かうファイトが湧いてくることでしょう。
 というわけで今月の一押しは私の心を本当に癒してくれた明日香村の「亀石」でした。


巨大なカブトムシ?


 実は私、この明日香を訪れるのは多分4回目なのです。一人で来たり家族で来たり友人と訪れたりと、その都度楽しい思い出があるのですが、でも以前の明日香はもっとずっと素朴でした。どの遺物も畑の端っこに打ち捨てられたように転がっていて、うっかり見過ごしてしまいそうでした。それが今回すっかり様子が変わったのは、この辺り一帯が「国営飛鳥歴史公園」として整備されたからなのですね。整然としてそれはそれで素敵でしたが、やはり思い出の中の景色を懐かしく感じてしまいました。
 でもね、そんな中でも変わらないのは農業の風景。焼き畑の景色は何とも素朴です。ゴホ。畑を焼く白い煙が、青空に溶け込んでいきます。ゴホゴホ。あれ、何だか威勢のいい煙だなあ。ゴホゴホゴホゴホ。あらら、何も見えなくなってきちゃったぞ。ゴホゴホゴホゴホ…


のどかな焼き畑の風景

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