須田邦裕の「今月の一押し!!」
2002.07.12  今回の一押しは「IWC」だあ!
 缶チューハイか何かのCMで、ピンクグレープフルーツのことを「ピングレ」と略しているのをご存じですか。あれはかなりオーバーですが、それにしても最近の若い人は何でも省略しちゃうんですねえ。いつだったか事務所のスタッフから「所長、ウチッパ行きませんか?」と言われたときには、この人アパッチかなとじっと顔を見てしまいました。ウチッパというのは「ゴルフの打ちっ放し練習場」のことのようです。「もう少し日本語大事にしろよ」と言いたいところですが、言葉は生き物、仕方がないのかもしれません。
 しかし何でも省略するのは日本に限ったことではなく、むしろ本家本元は外国ですよね。パソコンをPC、ヨーロッパ連合をEUなど、単語の頭文字を取って省略するのはなぜかカッコいい。しかしアルファベットの羅列ではまったく違うものが同じ表記になることが多いのも事実です。たとえばCDという場合、銀行の現金自動支払機(Cash Dispenser)を思い浮かべる人もいれば、音楽媒体のCD(Compact Disk)を連想する人もいるでしょう。女性ならクリスチャン・ディオールですか。かつて私の関係していたある経済雑誌が金融商品の特集を組んだときに、MMFやMMCなどの金融商品別の取材をしたところ、車好きの新人の編集者がギャランやランサーなどのカタログを集めてきて大笑いになったことがあります。MMCは三菱自動車の頭文字でもあるんですねえ。

 さて前置きが長くなりましたが、今回のお話はIWCです。IWCというと、新聞を真面目に読んでおられる方は国際捕鯨委員会(International Whaling Commission)を連想されると思いますが、私にとってのIWCは鯨とは関係ありません。スイスの機械式時計メーカーのIWC(International Watch Company)です。インターと略して呼ぶ人もいます。
 男の小道具、腕時計。この分野も興味を持ち出すと大変奥が深く興味は尽きないのですが、同時に財布にいくらお金があっても足りなくなる恐ろしい世界でもあるのです。私は、かつては道具にそれほどこだわりを持つ方ではなく、時計なんてカシオのG-shockがベストだと思っていました。車や時計などの道具にいろいろ講釈を言って悦に入っている人がいますが、機械は所詮他人が作ったもの。持つか持たないかはそれを手に入れるだけの資金を工面したかどうかだけの話で、「男のステイタス」とか「その人のセンスが分かる」なんて笑わせるんじゃねーよと思ってたんですよ。ほんとに。

 それがある日、悪ーい友達にそそのかされたというか、焚きつけられたというか、仕込まれたというか、はめられたというか、「須田さん、機械式時計って知ってる?これ見て。」と毛むくじゃらな腕をニョキッと出されてスゴイ時計を見せられてしまったのです。渡辺さん、お願いだからもうやめてね。でもそのときは、正直なところ「それが何?」と思っておりました。「いいですか。電池で動くクオーツ時計と比べて、機械式時計はゼンマイの力だけで正確に時を刻む。ということはネジを巻かないと止まっちゃうんですよ。かわいいじゃないですか。」「そうかなあ。ずっと止まらない太陽電池の方が便利なんじゃないの」「いいですか。永久カレンダーというのがあるんです。これは歯車だけで、大の月も小の月も正確に表示し、うるう年までちゃんとカウントする。ということは、4年に1回しか動かない歯車があるということだよ。男のロマンだろ?」「なんで?」「わかんないかなあ。ミニッツリピーターなんてスゴイ機能があって、このレバーをスライドさせると何時何分かをベルの音で教えてくれる。この小さい時計に何百という部品を詰め込む技術がなせる技だねえ。すごいでしょ。」「そんなの実用性ないんじゃないの?」とまあ、こんな調子だったわけですね。
 ところがそのとき渡辺さんに聞いた話が、気付かないうちに私の心の中でウィルスとなり増殖を続けていたのです。やはり病気は早期発見と徹底した治療が大切ですよ。私はそれを怠ったばっかりに気がついたときには既に手遅れ、完全な機械式時計のおタクになってしまいました。最近では自分の意志を無視して、我が足は勝手に百貨店の時計売り場や時計専門店に私を連れて行ってしまうではありませんか。皆様もどうかお気をつけ下さい。

 さてところが。ここで問題が一つ発生しました。それは、機械式時計はものすごく高価であるということです。ロレックスが高いのは皆さんもご存じでしょうが、ロレックスなんてまだまだ。序の口よ。ケースにゴールドが使ってあったり宝石がちりばめてあったりの宝飾品なら分からないでもありませんが、機械式腕時計には機械そのものの価格として1千万円以上する製品がごろごろしています。地球の重力の影響を受けないように、時計の心臓部全体が回転するトゥールビヨンという機能がありますが、こんなのが付いていると大体1千万円。あの小さな、たった1個の腕時計がですよ。先ほどの永久カレンダーやミニッツリピーター、それにクロノグラフ(いわゆるストップウォッチですね)などの機能が1台に詰め込まれた時計を、超複雑時計(グランドコンプリケーション)といいますが、そんなのになると数千万円するものも珍しくありません。どんな方がお買いあげになるのかは知る由もありませんが、2千万円の腕時計買ってもねえ。ほんとに腕につけて出掛けるのかしら。

 なんてことを考えながらいろいろな製品を見ているうちに、私の好みには一定の傾向があることが分かってきました。まずカレンダー機能。これははっきり言って面倒くさい。機械式時計は、大体1日半で止まってしまいます。だから毎日つけないと、必ずカレンダーが狂うことになる。使おうとする度にリュウズを回したり爪楊枝で小さいボタンを押したりして日付を合わせないといけない。うるう年に1回動く歯車なんて私には何の意味もありません。だからなるべく簡単な方がいい。あってもせいぜい日付だけ。これなら朝の忙しい時間でもすぐに使える。それから大きさ。これは、今のはやりでもあるのですが、なるべく大きいサイズが良い。さらにメーカー。私の好みとしては、ゲルマン的な機械らしさを強く感じさせてくれるIWC、ランゲ・アンド・ゾーネ、ユリス・ナルダン、ジャガー・ルクルトなどがいい。パテックやバセロンなどいいメーカーは他にも沢山ありますが、なにせ高すぎてねえ。なんていうことを売り場のお兄さんと話しているうちにだんだん仲良くなってしまい、そしてついに。そしてついに。そしてついに買ってしまいました。IWCのポルトギーゼという時計を。ン十万円ですよ。冷や汗タラタラ。

 しかしです。いやー素晴らしい。一言では言い表せませんが、このずっしり感、たまりません。クロノグラフのボタンをバチッと押すと、細長い針がチチチチと正確に時を刻み始める。子供の頃に理科の実験室で見た精密測定器械を思い出します。機械が動いているという実感がある。もはや生き物ですね。そんなわけで今月の一押しはIWCの機械式腕時計でした。家が火事になったら真っ先に持って逃げよーっと。

 

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