須田邦裕の「今月の一押し!!」
2003.04.16  今回の一押しは「ブルーノート東京」だあ!
 季節は4月、本格的な春となりました。しかし今年の桜は、週末ごとの雨と風で何だかあっという間に終わってしまいましたね。「世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし」。在原業平の有名なこの歌を、高校生の頃に「からましとは何だ」と苦労して覚えた記憶がありますが、大人になって再び思い出すと素晴らしい歌だなと色々考えさせられます。

 まず第一に、太古の昔から日本人は散りゆく桜に特別の思いを寄せており、その心は今の時代にも通じているんだなということ。1年にたった一度、短期間に全力で花を咲かせて、そしてあっという間に花を落とすいさぎよさ。その美しさ、儚さには、忙しく毎日を送っている現代人の私たちでさえ心を打たれます。
 そして次に、平安時代の人々の感受性の豊かさへの憧憬。あー散っちゃう散っちゃうと毎日やきもきしていたのでしょうか。花吹雪を見ると、私も「今年の桜も終わりかあ」と残念には思いますが、桜がなかったら春はのどかだろうな、とまではいきません。「また来年もあるし」くらいですかねえ。ところが昔の人は、桜の咲き具合を毎日心配していた。暇だったんですかねえ。あー、何という品のない感想…。

 さて話が脱線してしまいました。今回のお話は桜とは何の関係もありませんが、ことの起こりは桜が満開だったある雨の日のことです。その日私は、関与先の会社に行くために水道橋の駅を降りて傘を差してお堀端を歩いておりました。そうしたら目の端に「ジョン・ピザ…」と「滅多に手に入らない…」という文字が映ったように感じました。ちょっと急いでいたのでそのまま地下鉄に乗ってしまったのですが、ピザ…ってあんなところにイタリア料理店はなかったし、もしかしてピザレリじゃなかったのかな、と妙に気になってしまいました。
 そして仕事の帰りに同じ所を通ったら、それはやはりチケットショップの立て看板で、何とジョン・ピザレリの日本公演のチケットがあるというじゃあありませんか。私はその看板を確認して、一も二もなく、ほとんど反射的に、何も考えず、黙って、一目散に、そのショップの階段を駆け上がっておりました。そしてそこで発見したものは、ブルーノート東京でのピザレリバンドのチケットだったのでR(嵐山光三郎風)!

 ジョン・ピザレリといえば今年2月のこのコーナーで一押しCDをご紹介した、アコースティック・ジャズの達人。まさかそのご本尊が来日中とは、私、恥ずかしながら知らなかったのです。それなのに、いやーありがてえ。どこのどなたか存じ上げやせんが、せっかく手に入れたチケットをわざわざチケットショップに持ち込んで換金して下すった。そしてそのお陰であっしは、その翌週、ブルーノート東京に足を運んだのでありました。
 話は突然USAに飛びますが、私、数年前にアメリカ西海岸旅行をしました。その折、ラスベガス滞在中にあちらのブルーノートジャズクラブにジャズを聞きに行く機会に恵まれました。テーブルでのチェックを知らずに、帰り際に無銭飲食と間違われそうになりましたが、お店は広々としていて、好きなカクテルなど楽しみながら本場のジャズを堪能させてもらい、素晴らしい冥土の土産ができたものです。そして日本のブルーノートも、その記憶に近い素晴らしいお店でありました。

 地下1階で入場し、そこからさらに地下2階に下りると、地上の入り口からは想像もつかない広大な空間が広がっています。正面奥にステージがあり、その一番近くに陣取ってまずはビール、続いてカクテル、さらにウイスキーと飲み進んでいくと、体は徐々に地球の引力を離れてふわふわしてきます。周りを見回すと、若者もいますがどちらかと言えば年輩者中心、外国の方も結構大勢いらっしゃって、ラスベガスにタイムスリップしたような錯覚に襲われる。おいしい料理でお腹も一杯になっていよいよ幸せになってきたちょうどその頃、ピザレリ・バンドが登場しました。
 今回は、ジョン・ピザレリのギター&ボーカルに、お父さんのバッキー・ピザレリのギター、さらに弟のマーティン・ピザレリのベースというピザレリ一家にピアニストのレイ・ケネディが加わったカルテット演奏でした。レイ・ケネディは、ピザレリさんの説明によれば14歳でディジー・ガレスピーのバンドで演奏したという天才ピアニストで、ピザレリのギターとの掛け合い・アドリブ合戦はスリリングで最高でした。
 でも何と言っても圧巻は父と息子のギターデュオ演奏。お父さんは今年77歳、歩くのはちょっと大儀そうでしたが、ギターを持ったら息子顔負けの超技巧でパワフルな演奏を展開して頂き、度肝を抜かれました。父も息子も7弦ギターを自在に操り(ご存じない方の参考に。ギターの弦は通常6本で、彼らのギターはさらに低音部のAに調律した弦を一本特注で付けているのです)、アンプの音はどちらかというと小さすぎるくらいの控えめのボリュームでしたが、それだけに技術の高さをまともに見せつけられてしまいました。

 ギターという楽器は、コードを押さえてジャーンと音を出すものだとばかり思っていましたが、どうも全然違うらしいですよ。たとえば4ビートをザッザッと刻むのでも、4回ともすべてポジションを変えて違う音を出す。アドリブを口ずさみながら、それとまったく同じフレーズを指でつま弾く。もう楽器と体が完全に一体化しています。きっと毎日朝から晩まで練習しているんだろうなあ。
 ステージのすぐ近くのいい席だったので、彼らが裏拍のリズムを取る呼吸音まで聞こえましたが、私、正直なところいやになりました。何がって?自分のへたさに決まってるでしょ。もうショックと感動で、しばらくは自分のギターに触ることすらできませんでしたが、これではいけないと心を奮い立たせ、今はボサノバ・ギターの遠い千里の道のりを一歩から歩み始めています。
 そんな勇気を与えてくれたピザレリ・バンド。そしてそのステージを用意してくれたのはブルーノート東京。最高のジャズ・クラブです。そんなわけで今月の一押しは「ブルーノート東京」でした。和民に飽きたら、たまにはいいですよ。ジャズを知らない人でも充分楽しめます。是非一度お出かけ下さい。場所は地下表参道駅下車、B3出口を出て徒歩8分。大人のための都会のオアシスです。
 

 



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