須田邦裕の「今月の一押し!!」
2001.08.09  今月の一押しは「ビュフェ追悼展」だあ!
 ベルナール・ビュフェてご存じ?食堂車じゃありませんよ。フランスの高名な画家です。ものすごく評価の別れる作家で、変な絵を描く、グロテスク、成金趣味などという批判がある一方、天才だ、時代の絶望と不条理を描き切っている、などの賞賛の声も数多く聞かれます。
 私、結構好きなんですよ。と言っても、すべての作品が、というわけにはいきません。恐らくビュフェ氏は、絵に対してものすごく誠実で正直な人であったと思います。帽子をかぶった女性ばかりを描くカシニョール、馬と言えばブラジリエ、花ならカトラン、というように、作家によっては決まったテーマを追い続ける人もいますが、ビュフェ氏は自分のテーマ、スタイルを決めつけず、心のままに、ありとあらゆる対象をテーマとして膨大な作品を残しました。画風も時期によって大きく変貌しています。したがってファンの私でも「何でこんな絵描くの?お願いやめて」と言いたくなるような作品も実は結構あるのです。でも、だからこそ、誠実だなあと思います。「こんな絵描いたらみっともない」なんていう素振りは少しも見えません。まるで幼い子供が飛行機や人形の絵を無心に描くように、心に浮かぶことを手当たり次第に精力的に描き続けた、そんな印象を受けます。
 個人的には、50年代から60年代にかけての風景画、静物画に強く惹かれます。よく言われることですが、あの強く太い線、やはりすごいパワーです。ニューヨークの摩天楼を描いたシリーズなど、現物を見ると本当に圧倒されます。一体こんなでかいキャンバスをどうやって作ったの?なんて作品以前の問題まで気になる。鳥肌が立ちますよ、本当に。ビュフェの風景画には全くと言っていいほど人物が登場しません。私の記憶では葬式をテーマにした作品に黒塗りの人物が描かれている程度です。ただ建物だけが、風景だけが、静かにしかし圧倒的な力を持って描かれています。これに対して人物画は、写楽の大首絵のように巨大な顔がどかーんと。しかもその顔はほとんど笑っていません。悲しいですね。思わず見入ってしまい、登場人物の人生を色々想像してしまいます。花や昆虫、魚シリーズも悪くない。元気のいい作品は、何というか、とげとげした、毛羽だった、触ると毒が刺さりそうな凄さがある。ほんと、たまりません。
 さて、そのビュフェ氏が、1999年10月4日に71歳で自らの命を絶ちました。パーキンソン病に悩まされ、絵筆を持てなくなったことが最大の原因であるそうです。大変残念ですが、命あるものはいずれ消えゆくのが世の中の摂理、仕方のないことでしょう。そのビュフェ氏の死を悼んで、「ビュフェ追悼展」と称する展覧会が昨年8月から今年の12月にかけて全国を巡っています。東京では今月7月4日から29日まで、新宿の小田急美術館で開催されており、私、見に行ってきました。正直なところ、展示されている作品の数もそれほど多くはなく、衝撃的というほどではありませんでしたが、久し振りに前述のニューヨークの摩天楼を描いた力強い作品の一部や初期の暗いトーンの作品にも再会することが出来、至福の一時を過ごせました。というわけで、私の今月の一押しは「ビュフェ追悼展」(小田急美術館)でした。

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