須田邦裕の「今月の一押し!!」
2003.10.22  今回の一押しは「「芸術力」の磨きかた」だあ!

 あまり楽しい話ではありませんが、私、以前から飛蚊症に悩んでおります。「ひぶんしょう」なんて変な名前ですが、知ってる人は知っている。知らない人は覚えてね(これはボイラーのCMでした)。目の前に蚊が飛んでいるようにいろいろなゴミが見えるという、実に鬱陶しい目の病気です。パソコンの画面を見ても糸くずがウジャウジャ、書類の上にも蚊がブンブン。それに加えて最近は白内障も出てきちゃったものですから、もう大変。治す方法ないですかねえ。誰かたすけてくれー。 

 ところが不思議なことに、ゴルフボールと楽譜を見ているときはあまり気になりません。それって単なる逃避行為??いやいや仕事は真面目にやっておりますぞ。でも正直なところ、最近はそんな事情で読書をするのが多少苦痛になってしまいました。読書量もめっきり減ってしまいお恥ずかしい限りなんですが、それでも最近読んだ本の中から今回はこれぞ一押し!というやつをご紹介したいと思います。

 タイトルは「「芸術力」の磨きかた」。ケンブリッジ大学客員教授や東京芸術大学助教授などを歴任され、現在は作家で書誌学者として活躍されている林望(はやしのぞむ)氏の作品です。林氏は、作家活動の傍らアマチュアながらオペラ歌手としての訓練を重ね、ついにコンサートを開くまでになってしまった多才な方で、この本は、そのような経験を基に「自己表現を通じて芸術を楽しもう」と広く一般庶民を啓発する内容となっています。 サブタイトルは「鑑賞、そして自己表現へ」、本の帯には「平凡な自分が嫌になったら「さあ、始めよう」」と書かれています。ビビッとくる実に刺激的な言葉が並んでいる。もう何が言いたいかお分かりですよね?一言で言うなら「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損損」というわけで、絵でも写真でも音楽でも、受け身に鑑賞するだけでなく自ら積極的に関わってこそ楽しい、というのです。

 作品の中からエッセンスとなる文章をいくつかご紹介しましょう。
●仕事は生きていくために厭でもやらなければいけないものであり、芸術という遊びは豊かな人生を送るためになくてはならないものだ、と、私はそう位置づけています。だとしたら、仕事が忙しいからといって、芸術を手放すわけにはいきません。生きていくのに最低限必要なことだけやっていたって、それじゃあ生きている甲斐がない。だからこそ私は、より良く生きるために、ほとんど命がけといってもよいくらいの熱心さで、声楽に取り組んでいるわけです(17頁)。

●嬉しいといっては歌い、楽しいといっては踊る。これはまあ、人に見せたり聞かせたりするものではないけれど、そこには、やむにやまれず心の内奥から湧き出てくる「表現」への欲求というものがあるわけです。この欲求は、あえて「芸術欲」と名付けて、食欲や性欲と並び称したっていいくらいのもので、持っていない人はまずいません。そりゃあ、食欲や性欲にも旺盛な人とそうでもない人がいますから、芸術欲のレベルも人それぞれではありましょうが、たとえば洋服を買うときに、デザインのことをまったく考えないなんて人はあまりいないでしょう。誰だって、できるだけ自分に似合うデザインのものを着たい。似合うかどうかは別にしても、格好がいいとか美しいとか立派だとか人に思われるようなものを着たい。それは、なるだけ自分をよく見せたいと願うからで、いわば自分の体を素材にして絵を描いているようなものです(20頁)。

●私は、せっかく皆さんが自らの芸術的欲求に気づき、それを満たしたいと思い立ったのなら、鑑賞するだけで満足して欲しくないんですね。というのも、他人の作品を鑑賞して得られる満足感は、ある種の代替物でしかないからなんです(24頁)。

●芸術というのは、基本的に、自分で少しでもやった経験がある人の方が、より深く楽しめるものです。(中略)したがって、芸術を楽しみたければ、自分でやってみるのがいちばんだと私は思っています。誰でも学校で少しは嗜んだことのある西洋音楽にしても、もっと本格的に技術を習ってみれば、ただ聞いているだけのいまよりも、深い味わい方ができるでしょう(38頁)。

●やはり人間というのは、どこかで喝采を浴びることがないと、生きていてつまらないものだと思います。脚の速い子は運動会で褒められ、頭のいい子は成績で褒められ、絵や歌の得意な子は展覧会や演奏会で褒められる。あるいは、ふだんは何も取り柄がないように見える子が、何かの拍子にダンスを披露したらメチャクチャに上手で、みんなからキャーキャーいわれて人気者になるとか、そういうことがある世の中のほうが愉快だと私は思うんですね(58頁)。

●歌にしろ絵にしろ、自分でやってみないと、鑑賞しても分からない部分というのは必ずあるんです。たとえば私なんかも、かつてはまったくわからなかった美空ひばりという歌手のすごさが、自分で声楽をやるようになって初めてわかったりしました。まあ、いまでもさほど好きというわけじゃないんですが、彼女の発声を含めた歌い方というのは、あれはやっぱり天才にしかできないもので、それはちゃんと評価しなければいけないなぁ、と思うようになったわけです。それだけ私の音楽感というものが、自分で歌うことによって広がったんだといえるでしょう(152頁)。

 いかがですか。「芸術を楽しむなら鑑賞するだけじゃなくて自分もやらなきゃ」という首尾一貫した主張。誤解を恐れずズバリと言いきる小気味よい筆致に、おもわず「その通り!」と頷いた方も多いのではないでしょうか。ギターのとりこになっている私には、誠に力強い理論的支えであり、手に取って読みながら「うんうん、そうそう」と嬉しくなってしまいました。よーし、これからもガンガンやるぞー!!飛蚊症なんて飛んでけー、へへへのへーだ!というわけで今月の一押しは「「芸術力」の磨きかた(PHP新書/林望著)」でした。
 あ、しつこいようですけど、仕事もちゃんとやってますのでご心配なく……

 
 


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