須田邦裕の「今月の一押し!!」
2002.09.18  今回の一押しは「レイトリー」だあ!
 スティービー・ワンダーはご存じですよね?1970年代に一世を風靡した盲目の黒人シンガーソングライターです。Superstition、Sir Duke、You are the sunshine of my lifeなどヒットナンバーを量産していますので、名前を知らなくても、曲を聴けばああこれかと思い当たる方も多いことと思います。
 私もそれほど詳しいわけではなく、まあベストアルバムを聞きかじる程度ですが、今でもときどき聴く曲が何曲かはあります。そんな中で、レイトリー(Lately)という曲があるのをご存じですか。これは素晴らしいですよ。

 レイトリーという言葉は、直訳すると「最近」という意味で、「最近、はっきりした根拠はないけど、君を失いそうな気がする。前より香水をつけることが多くなって、君は特に行くところはないと言うけど、でも帰りは早いかと聞けば分からないと言う」というような内容の、男女関係破滅直前ソングです。メロディラインが美しく、歌詞も比較的やさしい単語が並んでいるので、あまり英語に強くなくても何となく言っていることが分かる。正しく日本人にピッタリの、広い意味でのラブソングではないでしょうか。
 私も昔から、なんちゃってピアノでこの曲をときどき弾き語りなどしていましたが、実は最近この曲名をつけたお店があることを知り、ときどき通っています。

 銀座一丁目にあるそのお店は、髭がよく似合う色男のマスターと、延ちゃんというおしとやかでよく気がつく女性の二人でやっている「スナック」です。スナックという言葉も何となく死語になりかかっているような気もするので、こういう呼び方が正しいのかどうかよく分かりませんが、お酒が飲めて、歌が歌えて、楽しい会話ができて、というような少し昔に帰ったような気分に浸れる居心地のいい空間です。隣に女性が座ってお酌をするお色気が売りの店では全くありませんが、夕方になると「また行きたいな」と思ってしまう魅力に満ちた隠れ家のような所なのです。

 本来、隠れ家というのは隠れるためにあるわけで、それをこういう場所で明らかにするというのはヒジョーに矛盾した行為です。大体お客はみんなわがままで、自分が行くときには空いていて欲しい、でも店がつぶれたら困るから繁盛していて欲しいというこれまた矛盾に満ちた願望を持っているわけで、今の私も、こんないいところがあるから紹介するよー、でもあまり混むといやだから来るなよー、でも一度来てみたらきっと楽しいよー、でも来るならそっと来いよー、というような、お前頭おかしいんじゃないの?と言われそうな混乱しきった心理状態でこの駄文を書いているのです。

 私にとって、レイトリーがそんなにいい理由は何か。ああ、また秘密を暴露してしまう私。その一つはマスターのキャラクターにあります。水商売一筋ウン十年の筋金入りの会話力。ニコニコしながら結構きついことも言ったり、よくもまあと感心するくらい次から次へと面白い話が飛び出す。延ちゃんとのコンビネーションも絶妙で実に居心地がいい。そして二番目に、自由に楽器を演奏できる環境。フェンダーのエレアコやフレットレスベース、電子ピアノなどが置かれていて、腕に覚えのある人は自由に楽器を奏でることができる。楽器が弾けないなら、マスターやその辺にいる音楽好きのお客さんの伴奏で、つまり「生オケ」で歌を歌えるのです。最初は恥ずかしいけれど、馴れてしまうとたまりません。マスターの「痛いのは最初だけだから。すぐにヨクなるから」という言葉に乗せられて、また今夜も新しい中毒患者が発生しているのではないでしょうか。

 私をこの世界に導いてくれたのは、学生時代からの親友の鈴木君。そしてお店には、その鈴木君の友達を始めとして、「元少年」「元天才ギタリスト」「元バンドマン」「元ビートルズフリーク」たちが、心は昔のままで、しかし世を忍ぶための白髪交じりのネクタイ姿で、夜な夜な登場するのです。初めてお会いした方と、話もそこそこにユーミンやサイモン&ガーファンクルをハモったりしていると、「このおじちゃん、会社じゃ相当偉いんだろうなあ」という想いが一瞬脳裏をよぎりますが、でもその方の表情は少年そのもの、「いい感じだなあ」と急に仲良くなれたような気がして時間の経つのも忘れてしまいます。私も下手の横好きではありますが、鈴木君とマスターの演奏についていけるように、最近は家で少しずつ練習を始めました。そんなわけで今月の一押しは「LATELY(レイトリー)」でした。場所は銀座一丁目昭和通り沿い、地下鉄東銀座駅を出て徒歩5分。黄色い看板が目印、でもプロミスじゃないかんねー。電話番号?それは言えねえなあ…

    


 


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